がんと免疫のお話し
Cancer and Immunity

がんの微小環境と免疫病態

 免疫は病原微生物など外来異物に対する生体防御機構として発達し、自己の細胞を攻撃しない(自己免疫寛容)。がん細胞は、遺伝子異常により通常の制御がかからずに無制限に増殖する自己の細胞であり、異物に対するような強力な免疫応答は起こりにくい。さらに臨床で見られるがんは、すでに多様な機序により免疫から逃避している。免疫の逃避はがん関連微小環境において起こり、治療前の免疫病態には個人差が大きい。がん関連微小環境の免疫病態の理解は、単にがん免疫療法だけでなく、がん医療における診断法や治療法の開発のために重要であることが分かりつつある。

【がん微小環境におけるがん細胞による免疫抵抗性病態】

 がんは、がん細胞だけで病態が規定されているわけではなく、各種免疫細胞も含めて、多様な間質細胞とともに形成されたがん組織ががんの病態を形成する。がん微小環境とは、狭義には腫瘍組織の状態を示すが、がん免疫病態を考える場合には、腫瘍組織に加えて、そこからリンパ管でつながるセンチネルリンパ節、血管でつながる骨髄、脾臓、そして末梢血などのがん関連微小環境を考慮する必要がある。
 臨床で見られる腫瘍組織では、がん細胞促進的・免疫抵抗性の微小環境が構築されている。がんの特徴として、免疫学的には「免疫からの逃避」と「炎症によるがん進展の促進」があげられている。免疫からの逃避機構として、免疫原性をもつ腫瘍抗原が十分に無い、抗原提示機構に関わる分子の欠損、樹状細胞やT細胞の腫瘍への遊走浸潤や増殖に関わるケモカインやサイトカインの低下など、抗腫瘍免疫誘導系の分子の低下、さらに積極的な免疫抑制系の作動がある。免疫抑制においては、がん細胞の遺伝子異常・シグナル亢進を起点とした免疫抑制と、治療前にすでに誘導されている抗腫瘍T細胞を起点とした免疫抑制に大きく分けられる。がん細胞を起点とする免疫抑制では多様な免疫抑制分子の産生や免疫抑制性細胞の誘導が抗腫瘍T細胞の誘導や腫瘍浸潤を抑制する。腫瘍抗原特異的なT細胞を起点として起こる免疫抑制では、PD1/PD-L1などの免疫チェックポイント分子、トリプトファン代謝酵素IDO、ケモカインやサイトカインで誘導される制御性T細胞Tregなどが関与する。
 がん微小環境のT細胞関連免疫病態は、がん種、同じがんでもサブタイプ、さらに患者ごとに異なり、がん治療の効果に関与する。がん免疫病態の個人差が生じる原因として、遺伝子異常で規定されるがん細胞の性質、HLAタイプも含む免疫調節遺伝子群の多型で規定される患者の免疫応答体質、さらに環境因子(腸内細菌、喫煙、食事・肥満、神経ストレス、感染歴など、喫煙によるDNA突然変異の増加、腸内細菌による樹状細胞活性化を介したCD8+T細胞の誘導増強など)がある。このなかでもがん細胞の遺伝子異常は、抗腫瘍T細胞の状態を規定する強い因子である。
 免疫チェックポイント阻害療法や養子免疫療法における主要エフェクター細胞である腫瘍抗原特異的なCD8+T細胞が患者体内で誘導され機能するために、がん細胞の傷害、がん細胞成分の専門的抗原提示細胞による取り込みと腫瘍抗原特異的なT細胞の活性化、T細胞の腫瘍組織への遊走、腫瘍組織内でのがん細胞の破壊という一連のがん免疫サイクルが作動することが必要であるが、臨床で見つかるがんでは、免疫療法などの介入をしないとこのサイクルは作動せず、免疫によるがん細胞の排除は起こらない。がん関連微小環境で、このサイクルのどこが、どうして作動しないかを解明することが、効果的ながん免疫療法の開発につながる。

【がん微小環境の各種代謝状態と免疫】

 がん微小環境では、がん細胞がグルコースを消費して解糖系を回転させて核酸など細胞分裂に必要な材料を合成し、またミトコンドリアの酸化的リン酸化を抑えて活性酸素種の産生を減らして細胞死を抑制して、細胞増殖する。そのためにがん微小環境は低グルコース、低栄養、低酸素状態となっているが、CD8+T細胞も同様な代謝機序でエフェクター機能を発揮するので、T細胞は疲弊したり機能障害される。さらに脂肪酸酸化で生存するTregは存続し、抗腫瘍T細胞は機能しにくい。また、抗腫瘍T細胞に必要なトリプトファンやアルギニンもIDOやTAMや好中球が産生するアルギナーゼにより低下したり、CD39/CD73を介したATPから産生されるアデノシンにより免疫系は抑制される。PG-E2、コレステロール、脂肪酸などの脂質代謝も免疫抑制に関与する。これらのエネルギー代謝、アミノ酸、核酸、脂質代謝の調節薬が、がん微小環境を改善して抗腫瘍T細胞を増強できる可能性がある。

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